2025年11月16日 主の日礼拝式 メッセージ

メッセージ

『主の誠実さに包まれて』

Wrapped in His Faithfulness

―3.誠実という名の大盾―  The Shield Named Faithfulness

詩篇91(新改訳旧1030ページ、口語訳旧830ページ)

プログラム

礼拝式ライブ配信

 

巻頭言

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「誠実という名の大盾」
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詩篇91は、88-90篇の問い「神はなぜ隠れるか、いつまで怒るか」への回答であり、神は御自身の民の隠れ場であると歌う(1-2)。神はいつも民と共にいて、誠実に守る(3-13)。神もそれを確証する(14–16)。それでは詩篇91は単に神は守るという詩か?神の守りを感じられないことも現実には起こる。詩篇91を一本松ではなく、88-90篇と併せて森の隣の一本松として見るならば、新たな景色が見える。詩篇91は神の守りを歌っているが、88-90篇の問い「なぜ、いつまで」に答えていない。そのため、試練の中で・試練を振り返って、神の守りの言葉をどう理解するかは、それを聞く人次第となる。それでも神の言葉には試練の中でも神は共にいるという普遍の真理がある(15)。神はイエスにあってその真理を表した(ヨハネ1:14)。神が「誠実という名の大盾」とは、単なる神の守りではなく、神の臨在を表す。私たちにとっては必ずしも苦難からの解放ではなく、神への信頼を意味する。神はイエスにあって私たちと共にいる。試練の中でも神を信頼し、神の守りを待ち望み、試練を振り返って神に感謝したい。(川井信雄)




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