メッセージ
『私たちの心の声』 Voices of Our Hearts
―5.正しさは盾にも刃にもなる―
Righteousness Can be Both a Shield and a Sword
マタイの福音書7:1~6
(新約聖書:新改訳11ページ、口語訳9ページ)
プログラム
礼拝式ライブ配信
巻頭言
=============================== 「正しさは盾にも刃にもなる」 =============================== 主イエスは、人をさばくその基準によって自分もさばかれるので、人をさばかないように教えた(マタイ7:1-6)。ここでの「さばく」は、「他人の過ちや失敗を粗探しする、批判する」を意味する。①他人の目にあるちりではなく、まず自分の目にある梁を取り除く(3-5)。これはクリスチャン倫理の基本。さばきの声は他人に光を当てる。しかし、神の声はまず自分に光を当てる。注意も全て悪という極論ではない。②他人の目にあるちりを取り除く時には、愛と知恵をもって取り除く(6)。純粋に悔い改めを願い、愛をもって人を正すことは「聖なるもの・真珠」と言えるだろう。しかし、その人がそれを受け取る気があるかないか、逆効果の場合もあるため、よく見極めなければならない。正しさの声は使い方を誤ると他者を斬り、関係を壊す剣になるが、神の声は他者を悔い改めと回復へ導く盾になる。私たちは心に罪という巨大な丸太を持つ。罪を取り除くことができるのは唯一イエス。主は愛と知恵をもって私たちの罪のために十字架で死んでくれた。主に感謝し、主の倫理をもって互いと接しよう。主の愛が私たちの只中に具体的に表れる。(川井信雄)
今日のお花

